私たちについて

友好クラブ・姉妹クラブ

姉妹クラブ

台湾宜蘭蘇澳ロータリークラブ

1979年秋岡良介会長の時、宜野湾ロータリークラブの荘先生(高橋会員の親戚にあたる)から台湾の宜蘭ロータリークラブとの姉妹クラブ締結についての話が持ち上がりました。
幹事の高橋誠一会員は単身で台湾に渡り、宜蘭ロータリークラブを訪問しました。しかし、時遅く、宜蘭ロータリークラブはすでに新潟ロータリークラブと姉妹クラブを締結した後でした。

宜蘭ロータリークラブの陳跡斯先生(外科医)は仲介者として子クラブの蘇澳ロータリークラブを紹介してくれました。
陳先生は早速、蘇澳ロータリークラブの会長林友勝氏と会員を2~3人呼び寄せて趣旨を説明して下さり、話がトントン拍子に進みました。
高橋会員は沖縄に戻って、早速手続きを開始いたしました。
当時は日中平和友好条約が結ばれた後の影響で日台の外交が断絶している時期でしたので、手続きに戸惑いを隠せませんでした。
それでも、1980年2月には、中琉協会を通じて、台湾の内政部の許可も取り付けることができました。

そんな折、岡山の井原ロータリークラブから、手続きの方法について問い合わせがありました。
蘇澳ロータリークラブを仲介してくれた宜蘭ロータリークラブは井原ロータリークラブにも姉妹クラブの話を進めていたのです。
1980年4月20日、秋岡良介会長の時に我クラブから20数名が台湾の蘇澳ロータリークラブとの姉妹クラブ締結式典に参加しました。
蘇澳ロータリークラブは、浦添ロータリークラブと井原ロータリークラブとの姉妹クラブ、並びに花蓮の港クラブと台中の港クラブとも兄弟クラブ締結の大式典を挙げられ注目の的となりました。

翌年度、佐久本嘉春会長の時には蘇澳ロータリークラブから多数来沖されました。
また、共同社会奉仕事業として、蘇澳在身体障害者施設「仁愛聖母聖衣会」へ教材用編み機の寄贈を行うなど、さらには、我クラブ20周年記念事業として「姉妹クラブ親善児童交換」プログラムで双方の親善児童を会員の自宅でホームステイを行うなど、国際親善と友好を築いてまいりました。
その他、灯台・プール・消防等への協力をするなど、共同で推進したプログラムは枚挙にも上ります。
我クラブの30周年記念式典には50名近い蘇澳ロータリークラブの会員・令夫人が参加してくれました。

2000年に台湾大地震が起こり、我クラブから義援金が蘇澳ロータリークラブを通じて、台湾国民に贈られました。
地震の影響で予定されていた姉妹クラブ締結20周年式典が取りやめになり、1年遅れて、2001年2月に蘇澳ロータリークラブで浦添ロータリー・井原ロ-タリーのロータリアンが多数参加して記念式典が行われました。
近年姉妹クラブとの交流が相互訪問に留まって、四大奉仕に基づく共同奉仕事業が芽生えてないのが残念です。

2002年4月11日我クラブ創立35周年記念式典に  名参加して下さり、親交を深めました。
2002年6月1日、蘇澳ロータリークラブ25周年記念に我クラブから19名参加しました。

友好クラブ

岡山県井原ロータリークラブ

井原ロータリークラブは我がクラブ同様、蘇澳ロータリークラブと姉妹クラブを締結しています。
蘇澳ロータリークラブとの交流の際、誘いを受け、1996年11月10日中島聖仁会長を含む4名が井原ロータリークラブ創立30周年式典に初めて参加しました。
この時、蘇澳ロータリークラブからも20名の会員・令夫人の参加あり、大西正隆会長以下会員との親交を深めました。

1997年4月11日の我クラブ創立30周年記念式典には3名参加していただいております。
2000年5月12日の例会に、13名が我クラブを訪問され親交を深めております。
2001年10月21日は井原ロータリークラブ創立35周年の式典が催され、我クラブからも多数参加しました。

その際、双方から友好クラブ締結の話が持ち上がり、2002年4月11日に我クラブ35周年記念式典において、正式に友好クラブ締結がなされました。

東京豊島東ロータリークラブ

2002-2003年度の前川昭一ガバナーが、沖縄と東京のクラブ間で友好クラブをつくったたらどうだろうかと呼びかけがありました。
そして、前川昭一ガバナーの所属する東京豊島東ロータリークラブから、直接浦添ロータリークラブと友好クラブの締結をしたいと申し入れがありました。
それに呼応して我がクラブの比嘉宥海会長と崎間幹事が、地区会長幹事会に来県した前川昭一ガバナーと佐々木地区幹事と会談して内容を煮詰めました。

2003年3月6日浦添ロータリークラブ例会日に東京豊島東ロータリークラブから山田泰也会長、山口和夫幹事、次年度会長村中秀朗氏、次年度幹事鏑木正道氏が来られ、友好クラブの締結が行われました。